2016年03月21日

夫の家族はいないものと思って暮らすことにしました。(8)

過去記事はカテゴリ「夫の家族」をご覧ください。

三番目のおじさんに急にお金を返せ、と言われてもぎりぎりでやってきた私たちに返せるはずもありませんでした。この事実を知った義父は一言、「五番目のおじさん(義父の末弟)に借りて返せばいいだろう」とまた他人事のように言いました。何もかも義父のせいで私と夫の人生が掻き乱されているように感じました。私はもうこれ以上この家族と関わりたくありませんでした。特にお金のことだけはもう二度と関わりたくないと思いました。

私は胃が痛くなるほど悩んで悩んで結局自分の両親にお願いしたのです。夫の印象を悪くしたくないという思いでずっとずっと我慢してきましたが、もう他に頼れる人はいませんでした。両親は文句一つ言わず貸してくれました。そうしてこの一件は表面上解決しました。しかし出来てしまった亀裂はこれから大きく広がっていくばかりとなるのです。

このあとも数々の問題があり、私は再び夫一家と絶縁状態になりました。その最大のきっかけとなった事件はある冬のクリスマスの時期に起こりました。

その事件をお話する前に私と夫の結婚について先に話しておきます。

私と夫は結婚式を挙げませんでした。一番の理由は私には元々結婚願望がなく、結婚式への憧れが全くなかったのと、式より生活のために貯金をとっておきたい、からでした。それと内心では夫の親族のせいで一生の想い出である式や披露宴をぶち壊されたくない、という気持ちを持っていました。そういうわけで台湾でも日本でも近しい身内だけで簡単なお食事会を、ということに決めました。そこで、義父が文句をつけました。長男が結婚するのに式も宴もないのでは俺のメンツが立たない、というのです。確かに日本でも結婚式や披露宴はある種家族同士のお披露目のためであって当人同士だけの問題ではないのかもしれません。が、義父の面子のためだけにする式や披露宴に何の意味があるのでしょうか。私は引きませんでした。そういう嫁らしからぬ私の態度も義父は気に入らなかったのかな、と今振り返れば思います。結局、親戚も呼んでのお食事会、という形でおさまりましたが、場所は披露宴にも使われるような昔ながらのレストランで全て義父がしきりました。これが披露宴でなくて本当によかった、と心の底から思うような食事会でした。私は現在たまたまですが、そのレストランの近くのマンションに住んでいます。今でも側を通ると気分が悪くなります。

そして、台湾の入籍を済ませ、今度は日本での入籍を済ませれば晴れて夫婦となります。日本での入籍のため一時帰国する際に夫と夫家族も一緒に行って日本の家族と食事会をすることになりました。夫、義父、義母、二人目を妊娠中の義妹、義妹の長女、義弟、というメンバーで日本へ帰りました。義父はアウェイでも義父のままでした。自己中心的な性格丸出しでヒヤヒヤしましたが私の家族は初めて会う夫の家族に本当によくしてくれました。いいホテルを予約し、美味しい料理を準備し、いろいろな場所へ案内してくれました。私と夫は日本での入籍を済ませ、夫婦になりました。

そして、それから何年か過ぎてあの事件の日がやってくるのです。

私の両親と妹が台湾へ来てくれることになりました。ちょうどクリスマスシーズンの寒い頃でした。

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posted by じぇいこ at 22:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 夫の家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする