2016年06月22日

パイワン族の児童合唱団

台湾に原住民がいることは知っていましたが、詳しく知ったのは恥ずかしながら台湾に住み始めてからです。

初めて食べた原住民料理はとても美味しく、初めて聞いた原住民音楽は涙が出るほど感動し、鳥肌が立ちました。

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これはパイワン族のある小学校の児童合唱団のCDアルバムです。澄み切った歌声は天使の歌声と称されるのが頷ける素晴らしいものです。

子育てに追われゆっくり音楽を聴く時間などないに等しい毎日ですが、久々にこのCDを引っ張り出して来たのには理由があります。

数日前のニュースにパイワン族の児童合唱団のことが載っていたからです。

『台湾総統就任式で合唱したパイワン族児童の中国公演中止に』

と言う記事です。

内容(とても短いです。)は読んでいただければわかるので、書きませんが、音楽や、芸術、スポーツに政治が絡んで交流が阻まれるのはとても悲しいことです。しかも子どもたちには何の罪もなく、一生懸命練習してきただろう歌が国の事情で披露できなくなるなんてあまりにも非情です。

こういうニュースを見る度に、「子どもたちが大人になる頃には」「子どもたちの子どもの時代には」歴史的、政治的摩擦のない穏やかで平和な世界になっていて欲しいと願うことが無意味に思えてきて切ないです。

音楽や芸術、スポーツに国境がないのは事実だと思うけれど、一度政治的歴史的要素が絡むと高い高い壁ができてしまうのだな、と短いニュースからいろいろと考えてしまいました。

ニュースを見て引っ張り出してきたCDを今夜はただただ純粋な気持ちで聴きたいと思います。

追伸: 私が唯一知っている娜魯灣(ナルワン)という原住民の言葉は原住民共通の挨拶で、「こんにちは」とか「いらっしゃい」と言う意味です。

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posted by じぇいこ at 22:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 台湾情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月20日

のど飴と親友

私は友達が少ない。

でも私が辛い時、嬉しい時、自分のことのように泣いたり笑ったりしてくれる大切な友達がいる。

大学の時に出会って、大学時代の数年で何でも話せる友達になった。それからはずっと離れて暮らしているし、お互い結婚し、子どもができて会える機会はどんどん減ってきた。いつもいつも連絡するわけではないけど、元気かな、とふと考えるとあちらから連絡があったりして嬉しくなる。私が日本へ帰ると実家まで会いに来てくれたり、台湾にも遊びに来てくれたりする。

大学の時、ひどい風邪をひいて寝込んでしまった。一人暮らしで動けず、喉が痛くて声も出なかった時、友達がのど飴を買って来てくれた。

喉の痛みがすぐ治った。それからずっと喉が痛くなったら絶対にそののど飴を買う。台湾に来て初めて風邪をひいた時もコンビニでそののど飴を見つけて嬉しくなった。のど飴をみると、いつも友達を思い出す。

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今、舐めている。

そう、私も風邪をひいたらしい。(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
息子の病気に私の風邪、踏んだり蹴ったりだな、と思いながら元気かな、風邪ひいてないかな、と友を思う。

追伸: 龍角散の回し者じゃあありませんぜ。(;´・ω・`;)
posted by じぇいこ at 14:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月19日

当たり前じゃない日常

最近体調が悪く横になってばかりだった私。うたた寝してしまって、ハッとして起きると、息子は一人で遊んでいて、「ママもう大丈夫?」と心配してくれます。「ごめんね、トイレ行こうか?」と聞くと「僕、さっき一人で行ったよ!」と言います。「えーごめんね....えらかったね!ママ全然知らなかった」と言うと「ママ寝てたから静かーーーに行ったよ!」と言うんです。本当にどっちが大人なの...と泣きそうでした。

そんなにも私のことを心配して、気を遣っている息子が病気になりました。入院するかどうかという状況でしたが、自宅療養でもいい、という医師の判断で帰宅できました。薬で眠り続けて、私と一日しゃべることもありませんでした。いつもはうるさいなぁ、ちょっと静かにして欲しいなぁ、なんて思うくらいおしゃべりする息子が元気なくぐったり眠っている姿に涙が出ました。おしゃべりすることが、元気ではね回っていることが、全部当たり前過ぎて鬱陶しいとさえ思っていました。ありきたりだけど、毎日おしゃべりして、私についてまわって、おどったり唄ったりすることは当たり前ではない、特別なことなのだと改めて思いました。食事が遅くたくさん食べない息子にいつもイライラしていましたが、病気になってほんの少しでも食欲が出て、たった三口でも食べてくれたら嬉しくて嬉しくて、やっぱり元気で食事してくれる、ということだけで十分ありがたいことだと思いました。

病気になって改めて健康であることに感謝したり、失って初めて大切さに気づいたり、人間はそういう風に繰り返しながら生きているのだと思います。毎日毎日小さなこと一つ一つに感謝できる人もきっといると思いますが、私はやっぱり毎日の暮らしの中で大切な事を見失ったり忘れたりしてふと気づいて反省することの繰り返しです。人生の未熟者です。

未熟者のせいか一年に一度こういうことが起こります。時期もいつもちょうど今ぐらいです。神様が「もっと当たり前の日常を大切にしなさい」と言っているのかもしれません。こんな私のせいで息子が病気になってしまうなんて息子にとっては踏んだり蹴ったりですよね。神様ももっと他の方法で教えてくれたら...(←いやいや(;・∀・))私がもっと日頃から感謝の気持ちを持って生活していればいいだけの話です。すみません。m(_ _)m

追伸: 全快まではまだ少しかかりそうです。加油!

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posted by じぇいこ at 21:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | こどものこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする