2016年05月22日

イジメがこの世界から消えてなくなることなどないのだから、(9)

前回の記事はカテゴリ「私の過去」をご覧ください。

イジメはなくなりません。

「イジメをなくそう!」なんてテレビで声高々に言っている教育評論家なんて、本人はいじめられたことがないんじゃないかと思います。

子どもの頃からイジメがそばにあって、大人になってもいじめられた私にはイジメなんてなくならない、としか言いようがありません。イジメをなくしたいなら「嫉妬」や「嫌悪」の感情を人間から完全に取り除かなければ無理です。そんなこと地球がひっくり返ったって有り得ません。だからイジメはなくなりません。人が集まればその中に嫉妬や嫌悪の感情が芽生えることがあります。その中で妬ましいけど、嫌いだけど、我慢して付き合う人と、妬ましいから、嫌いだから直接言う人と、影で言う人が出てくるには当然のことです。それをされてもめげない人と、されたら死んでしまいたいほど傷つく人がいます。それがイジメです。イジメをこの世界から消そうなんて、不自然でしかないのです。

親になった今、今度は子どもの心配をしなければなりません。もしかしたら私自身もまたママ友や保護者会などでイジメにあうことだってあるかもしれません。

イジメがこの世界からなくなることなどないのだから、

ないのだから、

ではどうすればいいのか。

私たちは子どもが「嫉妬」や「嫌悪」の感情を持った時にそれを相手に向けて攻撃する力にするのではなく、勉強なら鉛筆に、運動なら身体に、自分と闘って相手に勝てる力に変えるよう導くべきです。

そして、いじめられたなら、それを自分の命を絶つことでなく、バネにして次のステップへ行けばいい、ということ、そして逃げることは決して恥じることではない、ということを教えるべきだと思います。

私は何度もイジメにあいましたが、死ななくてよかったと思います。いつか、アイツらを見返してやろうと思って生きてきました。そのおかげでやりたかった仕事もできたし、夫にも息子にも会えました。そして死にたいほど苦しかったら逃げればいいんです。逃げることは直面しないことと思われて、特に日本人の気質では好かれないことかもしれません。でも、逃げることは新しい世界に行くことでもあると思います。

イジメがこの世界から消えてなくなることなどないけれど、

この世界は広いです。道は無限にあります。あなたがいるべき場所は必ずあります。



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2016年05月13日

イジメがこの世界から消えてなくなることなどないのだから、(8)

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ある日、高田さんが本社に出掛けた時、私は社長に呼ばれました。

社長室に入ると、社長は私の退職届を取り出して、言いました。「高田さん(が原因)だよね?」びっくりした反面、やっぱり気づいていたんだな、という納得する気持ちもありました。社長は私を助けられなかったことを謝りました。できることなら私にはずっと働いて欲しいこと、本当に辞めるべきは高田さんだと思っていてもクビにすることはできないこと、いろいろ話してくれました。理解者が近くにいたことを嬉しくも思いましたが私の意思は固く、どうしても続けられない旨を伝えました。社長は新しく来てくれる人が見つかるまでは、頑張って欲しいと言いました。私もいくら心が病んでいたとは言え、社長にはお世話になったし恩を仇で返すようなことはしたくなかったので了承しました。

何も知らない高田さんはそれからの日々もいつもと同じように自分の気に入らないことがあるたびに私を無視し、物に八つ当たりをしましたが、社長がわかっていると思うだけで、以前のようにビクビクしませんでした。次の人が見つかるまでの辛抱だと自分に言い聞かせると、高田さんなどどうでもよくなりました。

そして、新しい人が決まり、ついに私は地獄から開放されることになりました。さすがの高田さんも私の送別会には来ました。あんたのせいで楽しかった仕事を辞めるんだよ!と心では悪態をつきながら、顔は作り笑いで思ってもいないお礼の言葉が口からスラスラ出てきました。

辞めてからしばらくはアルバイトをしながらずっと来たかった台湾で働くためにいろいろと情報収集をしました。そのアルバイト先で仲良くなった女性とある日、飲みに行ったとき、前の職場の男性社員とたまたま出くわしました。その男性が「高田さんが新しく来た子褒めてたよ。じぇいこさんと違って掃除とか良くするって皆に言ってたよ。」と言いました。楽しく飲んでる席にわざわざ来てお酒が不味くなるようなこと言うこの男にも腹が立ちましたが、高田さんが周りに私を悪く言っていることに腸が煮えくり返る思いでした。

面白いこと(と言ってはいけないのですが)に、それからしばらく経って新しく来た女の子も高田さんにいじめられて一年持たずに辞めてしまった、と風の噂に聞きました。ノイローゼになったらしく、その後働くことが怖くなって実家にこもっている、とか何とか。

イジメはこうやって連鎖していくんです。
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2016年04月30日

イジメがこの世界から消えてなくなることなどないのだから、(7)

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英語を使える機会はあまりありませんでしたが、仕事自体にはやりがいを感じました。エクセルなどは慣れていましたし、会社の備品や工具等の注文も一旦覚えてしまえば簡単でした。新しいことも覚えなくてはなりませんでしたが、私の性格に合うような作業ばかりで苦になることはほとんどありませんでした。どちらかと言えば好きな仕事でした。

最初のうちは弁当を持参し、経理の女性、高田さんと一緒に食べていました。最初は楽しかったのですが、高田さんが時々、寿退社した私の前任の女性の悪口を言うようになりました。「男に色目を使ってた」だの「しょっちゅう本社に遊びに行ってた」だの...既にいなくなってしまった人の悪口を後任の人間にべらべら言う高田さんに少し不信感が芽生えました。しかし、たった一人の同性の社員なので失礼のないように当たり障りない返事をしていました。それでも、短い昼休みの時間くらい気分よく過ごしたいと思い、しばらくして弁当持参をやめ、昼休みは実家へ帰るようになりました。

高田さんは四十代後半のバツイチ子持ちの女性でした。女手一つで二人のお子さんを育てていました。最初に高田さんを見た時、性格がキツそうだと思いましたが、やっぱり第一印象というのはなかなか当たるものです。私は自分自身が見た目で勘違いされることが多いのでできるだけ、人を見た目で判断しないよう心がけています。それでも、やっぱり第一印象が当たることはいい意味でも悪い意味でも多々あります。

高田さんは自分が注目されなければ不機嫌になりました。どこかで聞いたことありませんか...そう、私の学生時代、私をイジメてきた女たちは皆そうでした。社長や部長が直接私に仕事を頼むと、それだけで不機嫌になりました。無視が始まり、デスクの引き出しを壊れるんじゃないかというほど強く閉めたり、ファイルを投げるように置いたり、私の向かいの席で何度もされました。大きな音が聞こえるたびに心臓が震えました。系列企業の社長がいらっしゃった時も特別に私に声をかけてくださると、高田さんは不機嫌になりました。誰かの歓迎会や送別会があると「私は行かないけど、じぇいこさんも行かないよね。」と言われ、暗黙のうちに私も不参加になりました。一度だけ工場の方に若い女性が入るということで歓迎会が行われました。女性同士なのだから行ってあげるのが当然だと思っていましたが、高田さんは案の定「私は行きません。」と先に言いました。私は高田さんに逆らい「行きます。」と答えました。そこからはしばらくひどい無視が続きました。残業もさせてもらえませんでした。「残業代はきちんと出すから残業してくれないかな。」と社長から直接言われましたが、毎日5時になると「もう帰っていいよ。」と高田さんに言われました。自分の居場所が盗られるのが怖かったんでしょうか。仕事内容も違う、年齢も違う、立場も違う、そんな私に敵意を剥き出しにして何になると言うんでしょうか。いつ不機嫌になるかわからない女の前に座り、仕事をする苦痛を、無視され、大きな音で威嚇される日々を私は三年近く耐えました。

どんどんどんどん心が壊れていく私に両親も「もう辞めたらいいよ。」と言ってくれました。私は退職届を社長に渡しました。社長はそれを黙って引き出しにしまい、「考えさせて欲しい。」と言いました。遅かれ早かれこの日が来ることを社長はわかっていた、そして原因もわかっている、という顔をしていました。私は社長室を出て自分の席へ戻りました。

社長がいつ退職届のことについて話を切り出してくれるのかやきもきしながら数日を過ごすことになりました。

数日が何年もに感じられました。
posted by じぇいこ at 21:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | じぇいこの過去 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする